銀杏BOYZのボーカル峯田和伸、1万字イ

ひずみ、きしみ、ほとばしる――. 過剰な熱量を持った楽曲と、骨身を削ったライブパフォーマンスで人気のバンド「銀杏(ぎんなん)BOYZ」が、9年ぶりのアルバム「光のなかに立っていてね」「BEACH」を出した. 長期に及んだ過酷なレコーディングの果てに、メンバー3人が脱退. ボーカルで作詞作曲の峯田和伸は「青春は終わった. これから音楽が始まる」と語る. ――アルバムの構想はいつからあったのですか. 2009年ぐらい. その前から新曲は書きためていたんですけど. 09年にシングルを出して、そこから本格的にアルバムに向けて動き出した. で、チン君(ギターのチン中村)が辞めることになったのが12年の8月ですね. ――体調不良が原因ですか. 精神的にも、肉体的にも、いっぱいいっぱいだったのかな. 大したことなければ、いつもみたいにケツたたいて、「大丈夫だよ. ちょっと休めばよくなるから」と言っていたんだけど、12年の8月は「これはキツイな」という一発があって. それがあってからは、引き留めることはできないな、と決断して. 受け入れるしかなかった. ――出家したというのは本当ですか. 出家というか、一般の人も体験できる3カ月の体験コースっていうんですかね. 毎日根菜食って、滝に打たれてみたいな. わかんないですけど、そういうことをやったんじゃないかな. 変ですよね. ――その後、チンさんのいる埼玉の所沢まで、東京から6時間かけて自転車をこいだこともあったとか. 完成したCDを届けようと思ったんだけど、行き方がわからなくて、池袋から大きく迂回(うかい)してしまって. しかもチン君はいなくて、会えなかったんですよ. 実は所沢って近くて、帰りは所沢街道から1時間半で着きましたけどね. ――切ないですね. 自分的にはキツかったですね. ――峯田さんとしては、「あわよくば、もう一度」という気持ちがあった? いや、それを思うと… . たとえば別れた彼女と一緒で、別れたけどまた一緒になれるんじゃないかとか、心のどっかで思ってっと、それが実現しない時にツライじゃないですか. だから考えないようにして. いつかまた戻ってきてくれると思うと、つらくなっちゃう. ――13年の春には、ベースの安孫子真哉さんがバンドを離れました. 3月でした. バッタバッタとみんなね. ――安孫子さんは、ライブ音源をリミックスしたアルバム「BEACH」の作業を担当していたんですよね. 「BEACH」制作チームのキャプテンみたいな感じでしたね. ――編集作業は朝から晩まで、相当ハードなものだったと聞きました. 「BEACH」は365日、パソコンで作業する感じでした. アビちゃん、よくやったなあ. 知り合いから教えてもらって、イチから打ち込みの勉強したんですよ. 今回のアルバムは、曲のトラックを全部自分たちでつくってます. 本当によくやった. ――安孫子さんが辞めるキッカケは. あの人も前々から闘って来ていて、何とかギリギリやってきてたんですけど. チン君が抜けたこともあって、緊張の糸が途切れちゃったのかな. ここにアビちゃんがいれば、アビちゃんの口で言ってもらうんだけど、いないから… . 本当はもっと言いたいこともあるけど、フェアじゃないからね. でも、よく頑張ってくれた. ちょっと調子悪くなってからも踏ん張ってたんだよね. ――9月にアルバムが完成した後、ドラムの村井守さんが辞めることを伝えてきたそうですね. そうです. PVの撮影後だから11月かな. 「辞めたいです」ってメールが来て. 冷たい感じではなくて、「峯田、ごめん. 峯田に言わなくちゃいけないことあるんだ」って書いてあって. で、改行が3回ぐらいあった後に、「バンド辞めさせてください」って. その時は、レコーディングが終わった後の一時的な無気力だろうなと思って. すぐ「もう1回やるわ」と言ってくれると思ったんですけどね… . でも、1週間後ぐらいに会う機会があって、その時に「考えたけど、やっぱり辞めたい」と言われて. 俺も、そっかあって言って. ――村井さんは12月22日にネット中継で脱退を発表しました. ちょっと緊張してたんじゃないですかね. でも、立派だった. 村井君が抜けることはわかってたし、俺の中では決着が着いているんだけど、それを銀杏BOYZのファンに伝えるのがキツかった. チン君とアビちゃんの時もやっぱりつらかったんですけど. ――村井さんは高校の同級生だったんですよね. 高校2年の時に同じクラスになって. 20年ぐらいですかね. ――50音順で峯田、村井だから席がすぐ後ろだったと. そうなんです. 2年の時に初めてクラスメートになって、俺の後ろの席が村井君で. 後ろ振り向くと村井君がいる、みたいな. ――バンドを始めてからも、すぐ後ろに村井さんがいて. そうですね. 僕が歌っていて、アイツはドラムですから. ――村井さんの配信の際、電話口で何か言いかけた後に、「まあいいや」と言葉を濁していましたが、あの時、何をのみ込んだんですか. ちょっとあの時は、お客さんのことも考えて、マジメなことも言おうと思ったんですけど、水くせえからいいやと思って. ――涙声で「お前がいたから曲がつくれた」と言っていたのは演技ですよね? あれはネタですね(笑)別れというものなのかもしれないけど、お互いまだ生きてるし、今生の別れではないので. そんなに寂しくないっていうか. ウチの死んだじいちゃんもばあちゃんも、もう肉体はないけど、俺の中でまだ生きてる. 村井君も、チン君も、アビちゃんもずっと生きてるんだよな. ――村井さんも「メンバーじゃなくなっても友達だし、客としてライブに行く」と言っていましたね. ね. どういうことを仕事にするかわからないけど、ああいう人は、何やってもうまくいくと思うな. ――村井さんが銀杏BOYZ以外でドラムをたたいている姿が想像できないですが. 村井君もアビちゃんもチン君もスタジオミュージシャンではないので、ほかの誰かのところで演奏するっていうのはできないんじゃないかな. 僕ら4人でいたからできたっていうのは多分ある. ――前回のアルバムから9年間隔が空きましたが、この間も、日々闘ってはいたわけですよね. 闘うんですけど、翌日疲れて、寝て、やる気もなくて. で、また闘うっていう. 1日闘って3日休んでみたいな. 「365歩のマーチ」の逆ですよね(笑) ――周囲から「まだ出ないのか」と言われ続けて. 周りには、「あと1曲で終わる」って3年ぐらい前から言ってた気がしますね. もうちょっと早くできればよかったんだけど. やっぱり1人が倒れちゃった時に、その人を置いて3人だけでは進めないから. たった1分のフレーズが弾けなくて、3カ月も経ったりするんですよ. 4人ともコンディションが絶好調の状態だったら、最初の音出しでOKになっちゃう. すぐ終わるんです. アルバムに収録した曲は、バッとやって成功できたやつばっかりで. 1発OKのこともあって、その奇跡がたまんないんですよ. えらいもんで、メンバーが扉開けてスタジオ入ってきただけで、この人はきょう体調ダメだな、きょうはイケるな、とかわかりますからね. ――レコーディングが長引いた理由の一つに「終わってほしくない」という心情もあったのでしょうか. 終わらなかったら、4人だけの夢の国だからね. 誰にも発表してない状態で、4人しか知らない. 4人がつくった4人のためだけの音楽. でも途中から、いつかは終わってしまうんだな、という寂しさはあった. 早く出さなきゃいけないっていう気持ちと同時に. 不思議な感じでした. みんな印税も少なくなって、どんどん生活が厳しくなっていくのに. でも4人で一緒にいる時は、4人で一緒に音出したり、映画見たり、すごく幸せで. 今は3人いないから、もう… . 4人でゲラゲラ笑って、身も心も一心同体になったあの空間は、何物にも代え難いですね. ――銀杏BOYZの「第1章完」という感じですか. 青春が終わったっていう気がしますね. 普通の人では味わえないぐらい長く、青春を過ごせた. これからは音楽が始まるな、という気がしますね. やっと. ――いいですね. やめてくださいね. 太字にするの. ちっちゃくしといてください. 言わなきゃ良かった. ――いや、いい言葉です. やだ. もう言いたくない(笑). 36歳で青春だなんだ言ってんのはただのアホですよ. とっくに終わってますよ、みんな普通. ――でも、長い青春だったんですよね. きっと. ユートピアなのか、ディストピアなのか. パステルカラーの色彩豊かな国ではなかったけど、こげ茶色とかコールタールみたいな、そういう楽園だったのかもしれない. すごく居心地が良かった. カビくさくて、汗くさくて、たまんなかったね. ――「光のなかに立っていてね」はノイズを多用していますが、狙いは. ひと言で言うと気分としか言いようがないんですよね. 気分に至るまでには自分の中でのことだったり、自分のまわりの半径3メートルぐらいのことだったり、メンバーのいざこざとか、もっと広い日本や社会っていうものだったり. そういう空気を踏まえたうえでの気分. 色んな原因はあると思うんだけど. ノイズが何もかも包み隠すのではなくて、あくまで枠組みというか. たとえば写真だと、同じ被写体を撮っても、トリミングだけでだいぶ変わりますよね. 顔が中心だったり、顔が半分切れて、肩まで写っている写真だったり. それで見る人の印象はだいぶ変わる. ノイズという「枠」を考えつつ、つくった部分はあったかもしれないですね. 今までと聴かせたかったことが変わったわけじゃない. でも、それをより明確に、効果的に見せるにはトリミングの工夫が大事で. ノイズが曲全体にあって、ちょっとわかりづらくなったところもあったと思うんだけど、8割ノイズで隠されてる中で、2割が「ヒュッ」て抜けてると、より効果的に聞こえるというか. ――ノイズの洪水の中にあって、「ぽあだむ」は非常にポップですが、そういった効果を狙っている? うん. ――峯田さんのブログをさかのぼっていくと、10年12月の段階で、すでに「ぽあだむ」の制作に着手していたようですね. うん、確か10年. 最初はギター1本でつくっていて、バンドではやってなかったかもしれないな. そこから練習を始めて. 弾き語りも良かったけど、(バンド演奏が)だいぶ良くて. チン君の持ってるファンクのカッティングが、すごく生きてて. アビちゃんも、今まで見せたことのないファンクの部分を出してくれた. あの人は元々パンクなんだけど、ここ数年で色々吸収してきた音楽を発揮できたのが「ぽあだむ」で. やりがいありましたね、あれは. 練習もすぐ終わったし. 一発でしたね. ――「ぽあだむ」の意味は. 造語みたいなもんなんです. 「退屈」っていう意味の「ボアダム(boredom)」って英語があるじゃないすか. 漢字で書く「退屈」よりも、「ポップな退屈」って意味で決めたのかな. なんとなく. ――「ぽあだむ」には、「80円マックのコーヒー」といった言葉と並んで「6時から計画停電」という言葉が出てきます. 10年から制作を始めて、11年の震災後に歌詞も含めてブラッシュアップしたのだと思いますが、峯田さんとしては、震災をどのように受け止めたのでしょうか. 震災ですか. もう動けなかったですね. すぐアクションという感じにならなくて. 音楽をやめたくなったわけでは全然ない. むしろ、早く届けなきゃ、と思ったんだけど. ボランティアにも行ったりしたんだけど、でも… . 「ぽあだむ」には、震災の後の東京の雰囲気が出てる. 一時期、計画停電で町田とか真っ暗になって. ちょうど震災直後に、事務所の社長が亡くなって、町田で葬式があったんです. あの時、行きの車も渋滞で、信号も止まってという変な状況で. 葬式が終わった後、お店も照明落として. ありましたよね、変な時期. 俺が生まれて初めて目にした、変な東京. 人はすごく歩いてて. お店は電気を消したり、早々とシャッター下ろしたり. 商店街も変な雰囲気で. 本当に不謹慎なんですけど、あの東京の雰囲気がワクワクしたんですよね. 言ったら悪いんですけど. 歩いている人もみんな、心なしかウキウキしてて. 「こんな東京すごいよね」みたいな顔で. 未来の東京を見たような気がしたんですよね. 本当に一時期で、今はもうそんな空気なくなりましたけど. みんな暖房つけっ放しだし、電気もガンガンついてるし. 俺、もうちょっと、あのぐらい暗くなってもいいと思うんだ. まだ終わってないし. あの東京が、忘れられないですね. 高校の頃、音楽でもファッションでも渋谷系っていうのが流行(はや)って. 90年代のあのきらめきが、2度とやってこないっていうのはわかってる. でもね、俺はあの夜の東京、変に暗い夜の東京の商店街を歩いていて、渋谷系とは異質なんだけど、きらめきを感じたんですよね. すごく未来があると思った. 不謹慎だけどね. ――確かに、非日常に酔っているような感覚はありましたね. ハロウィーンで盛り上がって、コスプレして渋谷で集まろうみたいな、そういうノリではなくて. もっと、磁場っていうか、地面と人間がくっついてできた変な高揚感っていうか. 2070年とか2085年とか、未来の日本を一瞬見られたような気がしたの. その前から「ぽあだむ」をつくっていたけど、あの光景を見られたことで、イメージがすごく具現化された. 一瞬暗いんだけど、きらめいてる. 90年代の渋谷系とはまったく違うんだけど、でも何かあの匂いとすごく似たような. 高校の頃、渋谷系の高揚感の裏で、阪神大震災とか、オウム真理教の事件があったんですね. あの頃、日本って暗いムードで. でもその反動かわからないけど、変にカラ元気なところもあって. 音楽にしてもそうだった. 96年に山形を出て、(千葉で)一人暮らしを始めて. 18年間住んでたふるさとを捨てて音楽を始めた年の、世の中の空気が今でも離れないんですね. もう20年近く前だけど. オウムの事件があって、どうしても神様とか宗教ってものがイコール悪、怖いっていう風に結びついてしまった. 若い人は特に宗教って怖いもんだな、というイメージになっちゃった気がする. あれから時間が経って、東日本大震災の時は、多分俺だけじゃないと思うんだけどね、みんな何かしら心の中に神様ってものを感じたんじゃないかな. 久しぶりに. 祈りだったり、懺悔(ざんげ)の気持ちもあるかもしれないけど. 俺は震災の時、テレビをボーッと見ていて. 見るしかなくて. ああ、津波が来た、とか映像も全部テレビで見て、受け入れるしかなくて. テレビを消すこともできなくて. あの時に俺は祈ったね. それまで祈ったことなんてなかったけど. 自分のためじゃなく. やっぱり神様ってもの、宗教ってものは自分の中にあるのかな、と思った. レコーディングの途中だったので、大きかったですね. そういう体験が.

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